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元コンビニ商品開発のしっしーが食とお酒の知識やフリーランスの活動を発信していきます。

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ブラック企業を辞めフリーランスへ。元コンビニ商品開発しっしーのプロフィール

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白根佑一(しっしー)

夢であったコンビニ商品開発部に就職するも想像を絶するブラック企業で絶望する。

「死ぬよりは何か挑戦した方がマシ」と思いフリーランスとして独立。

現在はライター、編集者、ブログ、地方創生活動で生計を立てています。

そんなしっしーはどんな人物なのかありのままに書いていきます。

 

 

とにかくクレイジーだった小学校時代

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同級生は7人というド田舎で過疎地域の小学校に通う。
田舎すぎてスポーツを習う場所もないので、山や川で遊ぶ毎日。
自然しかないところで育つも最も嫌いなものは「へび」
 
一番の思い出は、うんこ漏らしたまま登校して学校が大騒ぎになったこと。
最初の人生最大のピンチをくぐり抜けて一つ成長しました。
 
詳しくはこちら↓


野球を通じて世の中は残酷だと知った中学校時代

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町に一つしかない中学校に入学したので、他の小学校からも人が来るので同級生が24人に増える。
プロ野球選手になるのが夢だった自分は野球部に入部。
 
しかし、野球部は地区最弱の野球部。
勝つのは奇跡と言ってもいいくらいのレベルだったのだが、学校の部活が野球、陸上、卓球しかないためほとんどが野球部に入り、なかなかレギュラーになれず3年生でやっとレギュラーに。
 
当時パワーもあり先輩や後輩、保護者から4番確実とうたわれていたが手伝いに来てくれた保護者の子を4番や5番にする顧問だったので万年2番打者か9番打者。
 
バントが上手くなると共に野球が嫌いになり中学校卒業。
 

帰宅部から陸上部主将へ。波乱の高校時代

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地元の農業高校に進学。

高校を選んだ理由は頭が悪いため、偏差値が30台のこの高校しか入れませんでした。
 
家から離れているので、寮入りました。
広島県で一番厳しい寮と言われる寮で、わざわざ企業からこの寮の子が欲しいと高校にお願いされるレベル。
 
部活動は中学時代に野球が嫌いになっていたので陸上部に入部。
しかし、足は遅い持久力もない高く飛べないの三拍子が揃っていたので入部3ヶ月で幽霊部員となる。
 
2年生になる頃にはプロの幽霊部員をキメていました。
そんなある日、中学時代からの親友(他の高校)が陸上部で頑張っていると言うのでなんとなく練習を見学しに行くことにしました。
 
ここから僕の高校生活が変わっていきます。
親友は槍投げをしておりあの長い棒をはるか空高く投げていたのです。
中学時代は同じ野球部で汗を流した親友が本気で陸上に取り組んでいるのをみて
「何やってんだろ自分」となんだか抜け殻のような気分になりました。
 
すると、親友は「投げてみろよ」とその槍とかゆう棒を僕に渡してきました。
その槍を投げるのは難しく投げてもまっすぐ飛ぶどころか一回転して目の前に落ちる有様でした。
でも久々にする運動が楽しくて何度か練習する内に槍は遠くまで飛ぶようになっていました。
 
今まで特別な運動能力があるわけでもなくくすぶってきた自分に問いかけました。
こんな高校生活を続ける意味はあるのか?
そう自分に言い聞かせて一つの答えが出ました。
 
僕の出した答えはインターハイ出場でした。
高校2年生の春。そう決断したらもう動き出すしかありませんでした。
 
平日は筋力トレーニングなどの体づくりの基礎を固めて、土日は親友の高校の練習に混ぜてもらい徹底的に槍投げを学びました。
すると槍投げを始めて2ヶ月で地区大会を突破し県大会まで行くことができました。
 
しかし、広島県のレベルは高く県大会を突破できないまま高校3年生を迎えていました。
努力を認められ陸上部主将になり地区大会でも敵なし、あとは県大会だけ。
そんな時に事件は起こりました。
 
ブチッ‥
練習中に槍を投げた拍子に肘から痛々しい音が聞こえました。
すぐに整形外科にいき診断を受けると「重度の肉離れ」とのこと。
槍投げは愚か、数年はボールすら投げられないと言われました。
県大会まであと1週間という時の出来事でした。
 
やっと努力が実を結び、高校最後の県大会でやっと入賞が狙えるところまできていたのにどん底に落とされたのです。
なんとかならないかと病院の先生にお願いしにいきました。
すると先生は「痛み止めを飲んで投げるなら2投投げてもいい。しかし後から信じられない激痛に耐えることになる」
まるで漫画「メジャー」で茂野吾郎が言われていたセリフと同じようなシチュエーションではないか。
僕は先生の言葉を聞き「槍を投げたいです」と痛み止めを打ってもらい県大会に出場することにしました。
 

槍投げに命をかけた決死の県大会

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大会当日は恐怖に支配されていました

投げる練習すらできないぶっつけ本番の戦いに不安と恐怖で押しつぶされそうになっていました。

高校最後の大会にこんな最悪の状態で出ることに悔しさも込み上げていました。

 

しかし、そんなことを言っていても何も始まらないのはわかっていました。

いつも聞いている曲を聞いて自分の順番を待つだけです。

そして自分が投げる時がやってきました。

 

「自分は3年間で何かやり遂げることはできただろうか?今それがわかる」

そう思いながら助走をつけて走り出した。

今までしてきた辛い練習が走馬灯のように駆け巡りました。

そして気付いた時、槍は芝生に刺さり自己ベストを更新していました。

 

そして順位もその時点で8位となっており、県大会の決勝に進めるギリギリのラインに。

あとは他の選手が記録を越さないことを祈るのみでした。

 

しかし、レベルが高い広島県は自分と同じレベルの選手は腐るほどいました。

終結果は9位。入賞にすらならず高校最後の県大会を終えました。

しかし、この努力した経験は今でも誇りに思っています。

まさに燃え尽きた高校時代でした。

 

食とストーカーと僕。ぶっ飛んだ大学時代

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料理と食べることが大好きだったので食品のことが学べる大学に進学。

学校でも料理して、家でも料理をして、アルバイトでも料理をするほど料理して食べるのが大好きでした。

一人暮らしの自宅でもとにかく自炊が楽しくて色々作っていました。

 

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カレーとナンを一から作ってみたり

 

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お好み焼き屋で4年間アルバイトしてみたり

 

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果実酒を大量生産してみたり

 

大学時代はとにかく美味しい料理とお酒を楽しむことが一番の幸せでした。

友人もたくさんできてとても楽しい大学生活を送れていたと思います。

 

大学2年生になり新入生の女の子と付き合うことになりました。

しかし、それは悪夢の始まりでした。

あることがきっかけで別れたのですが、そこから彼女は僕のストーカーになってしまいました。

かなーり長い話なのでこちらにまとめてあります↓

【後編】うんこ3回溜まるまで流さない彼女がストーカーになった 

 

楽しくもあり、恐怖もありでしたが大好きな食品について学べたことは今後の人生で役に立つことになりました。

 

人はうつ病になるべきだ。地獄の会社員時代

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思うように就職活動が行かなかったため大手スーパーマーケットに就職することに。

入社してから気づいたのですがありえないほど漆黒のブラック企業

新入社員研修は山の施設にこもって研修だったのですが、死を感じるほどの過酷さでした。

 

死を感じるなんて嘘ばっかりと思う人もいるかもしれませんが本当の話です。

研修では救急車が何度も往来して、行方不明者まで出すような地獄の場所でした。

詳しくはこちらの記事に書きました↓

 
 
店舗に配属されると「人はうつ病になって心が強くなる」をモットーにしているキチガイ上司に徹底的にパワハラを受けうつ病に。
このままではやばいと思い、1年で会社を退職。
 

電通?いいえコンビニの商品開発部です。

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スーパー退職後、うつ病も軽かったためすぐに回復し、派遣を転々としつつ昔からの夢だったコンビニの商品開発部に転職を決めました。
 
コンビニの商品開発は世間から華やかでカッコいい職種として人気の職業です。
お弁当やスイーツのアイデアや企画などを行うコンビニ業界でも花形の仕事。
これから、最高の人生が待っている、そう思っていた。
 
「給料泥棒」入社半年で俺についたあだ名がこれである。
9時に出勤して夜中の3時に帰ることもあるとんでもない部署で、少しでもミスをしたら「会社を潰すやつがいるぞ」と大声で周りに聞こえるように言われる毎日。
ミスが重なった若手の社員は仕事を与えられず3ヶ月間荷物運び(荷物は一日2回くらいしか来ないので仕事なし)のみされられて本社のさらし者に。
 
仕事を早く終わらせて早めに帰った翌日は、朝1時間の説教から始まる。
「給料泥棒、1+1くらいは分かるの?」と皆に聞こえるように言われ心身ともに壊れていきました。
 
どんどんパワハラエスカレートしていき「家には帰るな」と言われて緊張の糸が切れました。
その頃は、血尿とストレス性の腸炎を患い点滴までして会社にいく毎日。
こいつらは悪魔だと思いその場で「会社辞めます」と言い放ち退職。
 
 

どん底から救ってくれた一冊の本

ニートになり人生に絶望しながらもがいていた俺は本屋である本に出会った。

ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく

新品価格
¥1,512から
(2017/7/21 15:06時点) 


堀江貴文の「ゼロ」である。
他人と比べる人生ではなく、やりたいことを好きなようにやる人生。
それは自分には衝撃的な内容でした。
 
ちゃんとした会社に入り、上司の顔色を伺いながら嫌なことがあっても耐えて頑張るのが社会人という洗脳が完全に解けました。
この本に出会い自分の心が浄化されていくのがわかりました。
 

田舎フリーランス養成講座受講

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本を読んでやる気は出たものの、何をしていいか分からずニートをしていたらツイッターで「田舎フリーランス養成講座」を見つけました。

見つけた瞬間に「俺はここにいくんだ」と直感ですぐに応募したのを覚えています。 

1ヶ月間泊まり込みでWEBの勉強をするこの田舎フリーランス養成講座は

自分の人生が大きく変わるものとなりました。

はっきり言って命を救ってくれたと同じレベルだと自分は思っています。

そのくらい本気で学んだ1ヶ月でした。

受講後はそのままフリーランスとして独立し今に至ります。

 

しっしーが目指すもの

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本当に人生は一度しかないかけがえのないものです。
毎日朝起きるのが憂鬱だったり、会社に行くのが辛いのであれば自分の人生を一度見つめ直す必要があると思います。
フリーランスという生き方はまだ世間からは認められていない部分がありますが、将来的には当たり前の働き方として広がって行くと思います。
今回の独立を機に千葉県に移住しました。
将来は地元広島県を盛り上げる活動をしていきたいと思っています。
少しでも多くの人にフリーランスという働き方を知ってもらえたら幸いです。