元コンビニ商品開発しっしーのスイーツときどき添加物

元コンビニ商品開発のしっしーが食品ネタ(スイーツ、弁当、添加物)やブラック企業での体験談を書いていきます

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プロフィール

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初めまして。

当ブログを運営おります、しっしーと申します。
 
コンビニの商品開発を経験し、現在はフリーランスとして活動しています。 

このブログでは、食品に関するネタやしっしーの経験した体験談を書いていきます。 

 

 

 ざっくりとした経歴

名前:しっしー
 
1990年4月24日 1600g未熟児で瀕死状態で爆誕
くらしき作陽大学食文化学部卒業 
大手食品スーパーに就職 
激務とパワハラうつ病になり退職
 
その後、某コンビニチェーンの商品開発部に転職
さらに上をいく激務とパワハラで無事倒れる。
血尿、ストレス性腸炎と共に退職。
結果、フリーランスになる
 
好きなこと
料理
ワイン飲むこと
ボクシング
女の子と遊ぶこと
 

幼少期

ありえないほどのど田舎に生まれる。
保育園も15人しかいない過疎化が激しい街でのびのびと育つ。
 
保育園での一番印象に残っている出来事は、ガキ大将の命令で友達をビニールシートでぐるぐる巻きにした結果、呼吸ができなくなり友達が死にかけたこと。
その後、先生に死ぬほど怒られて大変だった。
その友達は今は親友で今でも元気に生きてます。
 
そんな無茶なことばかりする幼少期でした。
 

小学校時代

小学校に入ったが同級生は7人という田舎の学校。
田舎すぎてスポーツを習う場所もないので、山や川で遊ぶ毎日。
 
一番の思い出は、うんこ漏らしたまま登校して学校が大騒ぎになったこと。
最初の人生最大のピンチをくぐり抜けて一つ成長しました。
町に一つしかない中学校に入学したので、他の小学校からも人が来るので同級生が24人に増える。
 
プロ野球選手になるのが夢だった自分は野球部に入部。
しかし、野球部は地区最弱の野球部。
勝つのは奇跡と言ってもいいくらいのレベルだったのだが、学校の部活が野球、陸上、卓球しかないためほとんどが野球部に入り、なかなかレギュラーになれず3年生でやっとレギュラーに。
 
当時パワーもあり先輩や後輩、保護者から4番確実とうたわれていたが手伝いに来てくれた保護者の子を4番や5番にする顧問だったので万年9番打者。
野球が嫌いになり中学校卒業。
 

高校生時代

農業高校に進学。

高校を選んだ理由は、友達がみんな行くのと、偏差値が30台の高校なので頭が悪かった俺はそこしか行くとこがなかった。
 
家から離れているので、寮に入寮。
広島県で一番厳しい寮と言われる寮で、わざわざ企業からこの寮の子が欲しいと高校にお願いされるレベル。
 
学校生活では、中学時代に野球が嫌いになっていたので陸上部に入部するも走るのは遅いし特別優れた身体能力があるわけでもないのでやりたい種目がなく、すぐに幽霊部員という名の帰宅部に転身。
 
2年生になり、中学の同級生が陸上を頑張っているのを聞いて見学に行く。
その友達は槍投げをしており、見ているうちに槍投げの魅力に惹かれて槍投げインターハイを目指すことを決意。
 
休日は友達の高校に通い槍投げを教えてもらい、平日は槍投げの専門がいない高校なので一人で自主トレ。
頑張りが認められて、3年生の時に陸上部主将になる。
この頃、地区では敵なしになるまで成長していたが、練習中に肘を故障。
 
医者に投げてはならないと言われたが、1投だけ投げてもいいと許しが出る。
痛み止めを飲み地区大会で凄まじい雄叫びをあげながら渾身の1投を投げ地区優勝。
だが、県大会ではあっけなく9位に終わり高校生活終了。
高校の中では頭が良い方(偏差値30台の高校ね)だった俺は大学進学を推薦で決める。
 

大学時代

食べることが大好きなしっしーは食品のことが学べる学部に進学。
調理や食品加工、流通などを学ぶ。
 
アルバイトはお好み焼き屋(社会人になっても隠れてアルバイトしていたので8年在籍)
 
しかし、この大学を選んだ本当の理由は女子が多いから。
女子率90%のほぼ女子大で圧倒的ハーレム。
 
のはずが、女子が多すぎて男子の権力はほぼなくモテない生活。
女子大生って社会人が好きなことをはじめて知ることに。
その後、変な奴に好かれやすい俺は二人の女子大生ストーカーに悩まされることに。
 
一人目は、ずっと鼻くそほじっているラリった女の子。
調理実習の時に、教授から「あなたはハンバーグだけはこねたらダメです」と鼻くそ混入を恐れられていた存在。
バレンタインデーにクッキーをもらったが、鼻くそ混入を恐れて食さずにゴミ箱へ(ごめんなさい)
4年間ずっと言い寄られていたが、うまいことかわして卒業。
ちなみにその子は勉強が圧倒的にできずに留年。卒業できたかは知らない。
 
二人目は、バイト先の後輩。
すぐに好意を持たれて、可愛くなかったが彼女がいなかった俺は流されて付き合うことに。
しかし、うんこを3回溜まるまで流さないやつだった。
別れを告げたがすぐにストーカーになり殺されそうになる。

        【後編】うんこ3回溜まるまで流さない彼女がストーカーになった 

 

社会人編(スーパー店員)

就職活動で落ちまくった俺は行きたくもないスーパーマーケットに就職。
違法とも思える厳しい新入社員研修を受けるも、100人いる新入社員でかなり評価されエリートコースへ乗せられる。
最も忙しい店舗の青果部へ配属され地獄が始まる。
 
朝4時に出勤し夜10時に帰る日もあるほどの激務。
他の店舗にいる同期は定時上がりという事実も知り、人生を悲観する。
そして、この店舗にいる半分の社員がうつ病という絶望的状況。
 
上司(うつ病)からは「うつ病になることで人は強くなれる」
という意味不明な考えを押し付けられて、うつ病にさせるべく激しいパワハラを受ける。
無事、うつ病を発症し記憶障害を発症。直前に言われた言葉すら忘れるようになる。
このままではまずいと思い逃げるように退職。
 

社会人編(某コンビニ商品開発)

スーパー退職後、うつ病も軽かったためすぐに回復し、派遣を転々としつつ昔からの夢だったコンビニの商品開発部に転職を決める。
 
コンビニの商品開発は世間から華やかで憧れる職種で、お弁当やスイーツのアイデアや企画などを行うコンビニ業界でも花形の仕事。
これから、最高の人生が待っている、そう思っていた。
 
【給料泥棒】
入社半年で俺についたあだ名がこれである。
9時に出勤して夜中の3時に帰ることもあるとんでもない部署で、少しでもミスをしたら「会社を潰すやつがいるぞ」と大声で周りに聞こえるように言われる毎日。
 
ミスが重なった若手の社員は仕事を与えられず3ヶ月間荷物運び(荷物は一日2回くらいしか来ないので仕事なし)のみされられて本社のさらし者にされる。
仕事を早く終わらせて早めに帰った翌日は、朝1時間の説教(意味不明)
「給料泥棒、1+1くらいは分かるの?」と皆に聞こえるように言われる。
 
最後には「家には帰るな」と言われる。
夢だったはずのコンビニの商品開発部。
最後には、血尿とストレス性の腸炎を患い退職。 
職歴もボロボロになり絶望する日々を送る日々に。
 

一冊の本が自分を救ってくれた

人生に絶望しながらもがいていた俺は本屋である本に出会った。

ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく

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堀江貴文の「ゼロ」である。
 
他人と比べる人生ではなく、やりたいことを好きなようにやる人生。
それは自分には衝撃的な内容でした。
 
ちゃんとした会社に入り、上司の顔色を伺いながら嫌なことがあっても耐えて頑張るのが社会人という洗脳が完全に解けました。
みんな耐えてやってるから自分も耐えて当たり前ということがおかしい考えだということにやっと気づくことができました。
 
この本に出会って自分の力で生きていく決意ができ、フリーランスになるという決断ができました。(無収入なのに‥)
 

これからのこと

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本当に人生は一度しかないかけがえのないものです。
毎日朝起きるのが憂鬱だったり、会社に行くのが辛いのであれば自分の人生を一度見つめ直す必要があると思います。
フリーランスという生き方はまだ世間からは認められていない部分がありますが、将来的には当たり前の働き方として広がって行くと思います。
今回の独立を機に千葉県に移住しました。
将来は地元広島県を盛り上げる活動をしていきたいと思っています。
少しでも多くの人にフリーランスという働き方を知ってもらえたら幸いです。